トリックスターとは、
民間伝承や神話などに登場する、
いたずらや策略で秩序を乱す一方、
新しい状況を生み出す道化的な存在のこと。
乱暴に言うと、ペテン師、詐欺師。
「例えば、ネズミ小僧とか
怪盗二十面相とか、ルパン三世とかのことか?」
「あのな、後の二つは架空の存在だろうが。」
え? それじゃあネズミ小僧さんは本当にいたですか?と
あちこちぴょこぴょこ撥ねている
柔らかなくせっ毛も愛らしい、
お眸々の大きな無邪気な坊やが、ますますとその眸を見張ったのへ、
「ああ、本当にいたらしいぜ。」
江戸の後期、天保3年(1832)に処刑されるまで、
主に武家屋敷へ忍びいった義賊のことで。
確か寛永寺に墓があったしな。
寛永寺だったか?あそこは徳川の菩提寺だぞ?
千両箱を抱えて屋根の上を走ったってのは本当かな。
そっちは本当らしいぞ。
つか、不景気のせいで悪銭が出回ってたんで
小判も相当に質が落ちていて、
千枚詰めてあっても大して重たくなかったらしい…って。
おいおい、一体何の話でしょうか。
「勉強に関係ないことへは詳しいのな、ルイも皆も。」
とてちて・てとちたた…と、
何やら軽快な電子音がするツールを
えいえいと 小さな手の中で操作している妖一ぼっちゃんであり。
スマホを横にしたよな格好だが蓋が起こされているあたり、
“ああ…例のゲーム機か。”
“珍しいのな。”
“だよな、ああいう年相応なので遊ぶとは。”
今日は久々に、結構な雨脚の大雨が降ったので。
小さなセナくんへ
来てはメェよと桜庭さんからのメールがあった。
彼もまた、妖一くんと同様に、
だいすきな進さんの練習を観に、
ちょこっと遠い王城大学まで、
ほぼ毎日のよに通っているのだが。
いいお天気ならともかく、濡れれば体も冷やすだろうに、
そんな中、バスに乗ってとはいえあんな遠くまで、
しかも学校引けてからの
直接出向くのはいかがなものかということで。
天気が悪いときは桜庭ストップがかかるようになっており。
じゃあしょうがねぇなと、
ヒル魔くんに連れられて、賊学まで来ている矛盾を、
果たして王城の二人は気が付いているのやら。(苦笑)
「…っと、おっし。これでヘリの残機は50機あるぞ。」
「うあ、凄っご〜いvv」
どうやら、セナくんが遊んでいた
アクションかシューティング系のゲームであるらしく。
途中で頓挫した場合のコンテニュー、
操作する乗り物の残り数を
ヒル魔くんが頑張って50機まで増やしてくれたらしい。
「ここで上書きしといたから、
うっかり電源落としても
少なくともこっからは始められるから。」
「ありまとーvv」
わくわくとゲーム機を受け取り、
よーしと頑張り始める小さな坊や。
日頃は育成ゲームかパズル系でしか遊ばないセナくんだそうだが、
『今、流行ってるらしくてな。』
得点の競い合いもだが、
途中途中で拾えるアイテムが随分とアトランダムなので、
やり込まないとお目にかかれないような、
かなりのレアアイテムでも、
ひょこんと初心者が手に入れられちゃったりするらしく。
『しかも赤外線交換出来るらしくてな。』
腕の程はボチボチなセナだけど、どういう巡り合わせか
そういうアイテムへの当たりが尋常じゃなくいいらしいので、
お稽古先などで交換してと皆が集まってくるほどらしく。
『オレも噂の“虹色の竪琴”初めて見たしなぁ。』
一定時間無敵になる上、敵からの攻撃が5分もストップするとかで。
なんだその、
最後の問題の得点は100点が付きます扱いの べらぼうなアイテムはと、
お兄さんたちからも ややこしい驚き方をされたもんで。
小さなお友達が“とてちて・てとちた”と頑張り始めたのをよそに、
自分は自分で、
ランドセル代わりのデイバッグを掻き回し始める鬼軍曹。
ああいうゲームにはやっぱり関心はないんだろうな、
そうそう、俺らのデータが入ったタブレットとか取り出すんだろうさと。
それがいつもの事ゆえに、
さして注意も寄せぬまま、
全員そろったら今日はジムで筋トレだぞと、
着替えやメールチェックなどなどと、(おいおい、誰だこれわ)
自分たちの手元へ視線を戻し掛かったものの、
「…???」
「はい?」
「な…っ。」
鬼軍曹が取り出したのが、予想外のブツだったため、
ほぼ全員で おおおと目を見張り、ついつい二度見してしまったほど。
大きさは…そうですね、
やり手の営業マンが数年越しで愛用している、
厚さ3センチくらいのシステム手帳ほどというところかと。
は? 判りにくいですか?
今時 分厚い手帳を使う営業マンがいるかですって?
電源切れたり水に落としたらあっと言う間にアウトな代物、
そんなスマホや電子端末は
まだまだ信用がおけないとする人は少なくないですよ。
それに ややこしいアプリ経由で
中身を盗み見されたら もっとやばいじゃないですか。
「それってもしかして…。」
「まさか、懐かしの…。」
もーりんの拙い説明の間にも、
こちらのお兄さんたちがおいおいと呆れつつ、
だがだが、ちょっとは懐かしくもありそなお顔で、
軍曹さんが小さな手へ取り出したツールを見に来る。
だってそれって、もしかせずともあまりに懐かしいアイテム。
ソックタッチとかポケベルが全盛だったころに、
一世を風靡した“ぽけもん”の創成期に使われたゲーム機、
「ぽけっとぼーいじゃねぇか、それ?」
「うあ、でかいなぁ。」
「でも、これ持ってないと、話についてけなくてよ。」
ちょっと待て、あんたらでは微妙に歳が合わんのではなかろうか。
あ、いやいや、小学生だったのなら
ぎりぎりで ジャストフィット・ジェネレーションなのかな?
単3電池が4本も要って、しかも結構早くなくなるから、
アダプターで遊べと叱られた。
そうそう。
この頃はまだ、
赤外線通信は出来なかったんじゃなかったか。
うん、ケーブルでつないで交換とかしたんだよな、と。
微妙に年寄りだったらしい大学生のお兄さんたちが寄って来たのへ、
「だあ うっさいな。とっとと支度しろよ。」
彼は彼で、自分の時間を堪能したいか、
どいたどいたとむくつけきお兄さんたちを追い払う。
そこへ、
「何やってんだ。」
主将も講義が終わったか、ぬうと部室へ顔を出したので、
こうなってはさぼってもおれぬと、
しぶしぶ各々のロッカー前へ戻ったものの、
“…?”
“お?”
まだ小学生という坊やにすれば、
生まれる前ほども昔の遺物。
だがまあ、渋い趣味をしておいでの妖一くんでもあるがゆえ、
何かレトロなゲームにでもはまったかと、
ついつい視線だけを向けておれば。
ずんぐりむっくりな機体へ妙な骨組みをかちゃりとはめ込み、
そこへ向かい合わせになるようにスマホを設置する彼で。
向かい合わせといっても重なっているのはカメラの部分だけ、
つまりはゲーム画面を収録したいらしい構えであり。
そうしておいてから、さてとおもむろにスイッチを入れ、
たかたか・かちゃかちゃと、
微妙にアナログ感もタップリな操作を始める。
どうやらアクションゲームらしいのだが、
何度か葬送行進曲のような陰気なテーマが流れては
坊やが舌打ちするところを見ると、
結構 難しいそれらしく。
「何だ、またそこの面で詰まってんのか。」
がさがさと着替え終えた葉柱が、
何のデータを打ち込んでんだとのぞき込んだそのまま、
ああと納得顔になったところからして、
彼も御存知のはまりようであったようで。
しかも、
“詰まってる?”
手先が器用というか、
PC関係、工学関係の小細工の天才で、
大人顔負けの細工をしまくる悪魔のはずじゃあなかったですか。
去年卒業してった某先輩なんか、
一人住まいの家の沸騰ポットが
何度洗っても分解掃除しても、必ずお茶が出るようになっていて、
カップめんもみそ汁も作れんとぼやいてたし。
別の先輩は、
新品のガラケーなのに、
何故だか駅前のランパブのおねいさんたちからのお誘いメールが
毎日のようにたんと届いて。
それを他でもないお母さんに見られてしまい、
とんでもない雷が落ちてげっそり痩せたりもしたそうで。
そんなおっかない天才児が、
旧式のゲームの何へ行き詰まったりするんでしょうかと。
キョトンとして顔を見合わせておれば、
「遅いぞ、ルイ。」
彼が来ていたことにすら気がつかなんだらしい軍曹様、
坊やの座るベンチの、そのお隣へどさりと座った大柄なお兄さんの、
ちょうど懐ろ間際まで、
ちょんちょんとお尻を浮かせてって擦り寄ると、
手元のゲーム機と葉柱の顔とを交互に見やって、
細い眉をややくしゃりと寄せて見せてから、
なあなあと何かをねだるよに
お兄さんのシャツの袖を引っ張って見せるではないか。
「……………っっ!?」
「ななななな…っ。」
「シッ、静かに…。」
室内の空気をどう説明したらいいものか。
慌てふためくものが大半な中、
邪魔しちゃまずいと冷静な対処に出たクチが、
しいと口許へ指を立てており。
だってさ、あのさ、
あの鬼っ子が、
あの悪魔みたいな軍曹閣下が、
それは可愛らしい仕草を次々見せてくれんだもの。
セナくんがして見せたのならまだ分かる。
(でも、今思うと
そこまで判りやすい甘えようを
少なくともここにいる誰ぞにしたところは見たことないけど)
はたまた、どっかへ出掛けた先にて、
たとえば売店のおねいさんやおばちゃんをたぶらかすのへと、
わあ、これって美味しいねぇと天使のように頬笑んで
最高で本体の2倍もおまけしてもらった恐ろしい実績もある子だが。
日頃からも他の面々が恐れをなすこの葉柱相手に、
脛は蹴るわ、デコびんたは張るわ、足は踏むわと
やりたい放題したその上、
こまっちゃくれた口調なのに完璧な理論武装にて、
さんざんやり込めるのも もはや日常茶飯となっているというに。
「ほれ、貸してみ。」
「うん。」
ごついゲーム機が小さく見える、そんな葉柱の手へ素直に託し、
しかもそのまま、ますますと擦り寄り、
首を伸ばしの、お兄さんの手前の方の腕へちょこりと掴まりのして、
ボタンさばきを夢中になって見つめておいで。
“うああ〜〜、一体何事。”
“何か天変地異でも起きんじゃね?”
“地球最後の日かよ、おい。”
勝手なこと言って おののいているお兄さんたちの中、
先程こら静かにと皆を制したのは銀さんで。
今も一人静かなその手元には
グローブを磨いてる振りの陰にスマホを隠し持ち、
そこへこの一部始終を録画しておいでであるようで。
“…凄げぇ心臓。”(まったくだ・笑)
ああでも分かるなぁ、
後で揚げ足取るとかそういうの抜きに、
すげえ可愛いもんな、あの坊主。
いつもああならいいのによ…と。
ついつい ほのぼの眺めてしまい、
気がつけば皆して動作が止まってた、
雨の中の昼下がりだったそうでございます。
● おまけ ●
こういうことには長けていそうな天才少年が、
平凡なお兄さんへと(放っとけ#)助けを求めたのは、
それこそ冒頭で話題にしていた
“トリックスター”というタイトルのついたとあるゲームだそうで。
「訊いたことないぞ、そんなの。」
「有名なのか?」
そちらもアクションの多いゲームらしいのだが、
どちらかといや脱出系。
アイテムを集めたり、謎を解いたりして部屋を1つずつクリアして先へ進み、
最後の部屋にある秘宝をゲットしてゲームクリア。
「どっちかってぇとクソゲーの部類なんだろけどよ。」
こらこら下品な。(苦笑)
クソゲーというのは、
芸のない、もしくは面白みのない、
お金をドブに捨てたような“ハズレ”ゲームのことなのだが、
どうにもややこしいく難しすぎるものも言い、
こちらのは丁度それにあたるらしくって。
「最後の部屋の手前、
鍵のパーツの1個がおいてある棚がサ、
ボタンを微妙な間合いで連打しねぇと降りて来ないんだな。」
定規を当てての同時押しでもダメ。
機体を机に置いての両手で構えてやってみてもなかなか上手くいかず。
何かの拍子のバグ狙いででもなきゃ無理かも知れんという
巷の下馬評通りらしいと、口惜しいが認めざるを得ないかもなんて、
う〜んと唸っていたところ、
「ルイがひょひょいって、
ボタン二つに指乗っけて揺らしただけで
あっさり解いちまったんだよな。」
横で見ていた何をしたいかも飲み込めてたからと、
問題のボタンを操作してやり、
先程セナくんのお手伝いをしていたヒル魔くんよろしく、
ほれと片付けてもらえたもんだから。
「攻略したぞ ざまあみろって、ようつべにUPしてやるんだ。」
「何だそりゃ。」
そうか、それで録画態勢取ってたんかと、そこは判ったが、
「ざまあみろってのは誰へなんだ?」
「このゲームを挑戦してる、サークルの兄ちゃんたちへだよ。」
どんな難物もすいすいクリアする妖一くんなのへ、
大人の面目がとかどうとか業を煮やしたか、
それにしたって、これはその人たちの作品でもないくせに、
これが解けたらレジェンドとして遇しようなんて、
ギリギリの上から目線で言うものだから。
「こうしてこうで、こうだっ!」
さっそくにもノートPCで攻略した画像をUPしている坊やへ、
皆して苦笑が絶えなんだものの、
“それにしたって…。”
この坊やでも解けないような難物を、
こういうのへは関心のない葉柱が、
あっさり攻略したのが何とも面白い巡り会わせで。
「攻略出来ると判ったら、
またぞろ挑戦者が絶えんようになるんだろうな。」
「でもなぁ、
このぽけっとぼーい自体、今どのくらい残ってるやらだしよ。」
レアな趣味があったものよと、
でもそれにハマってたのは小学生だというややこしさ、
くしょうするばかりのお兄さんたちだったそうである。
「さぁて、筋トレ行くぞ。」
「おうっ。」
「セナ坊、俺と一緒に“追い回し”やっか?」
「おおっ!」
おいおい、おちびさんたちったら。(笑)
〜Fine〜 14.05.26.
*ちなみに、ネズミ小僧のお墓があるのは“回向院”です。
それと、ぽけっとぼーいというのは、
言わずもがな、○ームボーイのことですので悪しからず。
何のこたぁない、
こないだっから、昔はまってた脱出ゲームに
はまり直してるもーりんでして。
(にんじゃもーしょんさん、むつかしー;)
ちなみに、妖一郎さんも
こういう細かいのは任務のときのトラップで十分と、
日ごろは触りたくないタイプかと思われます。
めーるふぉーむvv
or *

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